読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

明日は我が身!?介護は突然やってくる!

両親ともに同じ特別養護老人ホームへ入所!?それまでの経緯を綴ります。これから介護をする方のお役にたてたら嬉しいです。

GPSが繋ぐ母と私 その2☆ 母が待ち合わせ場所に来ない(>_<)GPSでどこまで追跡できるか!?

こんにちは。tsukkyです。

今日は仕事帰りに母の入院している病院へ、洗濯した下着類を持って行きました。

母は寝たばかりの様でしたが、私がちょっと手を触ったら目をあけて

「あら、来たの~。顔見れて良かったわ。」と言ってくれました^^

少し話をしましたが、眠たそうにしていたので、「もう寝た方が良いよ。また来るからね。」と、声をかけて帰ってきました。

元気そうだったのでよかったです。 

 

GPSを購入して良かった話

kaigo-blog.tsukkymoon.com

 

父が療養型病院に入院している時には、私が母を実家まで迎えに行き、そこから一緒に父の病院まで行ってましたが、仕事が終わってから、実家までの道のりを何往復もするのが大変で…(>_<)


私が、駅から実家までの距離を歩かないですむよう…母に最寄駅までは来てもらい、そこから一緒に病院に行くようにしました。

 

母に「駅まで来れる?わかるかな?」と聞くと「わかるに決まってるでしょ!」と言っってましたが、その言葉を鵜呑みにするのも危険なので…(^^;)


父の面会に行く日は、昼から何度も電話をして、確認を取っていました。

 

遠隔操作と言うのでしょうか。。?!

 

面会に行く日は以下の流れで母を最寄駅まで誘導しました。

1.昼…今日父の病院に行くことを伝える

2.私が会社出る時…今からそちらに向かう。また電話するまで家から出るなと伝える。

3.途中の駅(電車の中)…今から家を出て駅に向かってもらうよう伝える。


それでも駅までちゃんと来るか不安でしたが、もしあまりにも来ないようだったらGPSで探せばなんとかなるだろう。と思っていました。

父の面会へは、このやり方で何事もなく行くことが出来たのです^^


その遠隔操作が上手くできていたので…母と外で待ち合わせすることも出来るかな?

と思い、私がいるところまでバスで来てもらうよう、誘導した事があります。

 

まず、いつも乗っているバスの時間を調べ、母に今家を出て、そのバスに乗るよう伝えました。
私「〇〇」で降りるんだよ。
母「〇〇でしょ!わかってるって!」

こんな会話をしていたので大丈夫だと思っていました。

 

そして、母が乗ってくるはずのバスを待ちました。
多分このバスだろうと思ったバスからは母は降りてきませんでした。

 

あれ?降りるバス停を間違えたのだろうか?


次のバス停には、走れば間に合う距離だったので、大急ぎで走って先回りしました。

でも降りて来ない。。。

 

焦りました。。。どうしたんだろう(@@;)???

 

今のバスの中を見せてもらえば良かった。。。

 

家に電話をしても出ない。。

 

家は出たようです。。

 

あ!そうだ。GPSで探してみよう!

 

すると、ここで降りてと伝えたバス停で降りずに、ずっとそのバスに乗り続けているようでした。

 

終点まで行くのだろうか?!

 

慌てて、タクシーを拾い、そのバスを追いました。

タクシーからも何度もGPSで検索し続けました。。。

終点のバス停についても母の姿は見当たりません。

GPSの位置は、誤差が50m~300mくらいある場合があるとか…?!

 

探せるだろうか…?!

 

辺りは薄暗くなってきました。。。

 

GPSの地図を頼りにバス停から歩けそうなところを探しました。

交番に届けようか…と思った瞬間!!

正面に歩いている母を発見したのです!!(涙)


あぁ…良かった(;o;)

 

この時こそGPSがあって本当に良かったと思いました。


母「あら、〇〇ちゃ~ん!」
私「あー、良かった!!なんで、〇〇で降りなかったのよ~」
母「そんなの知らなかったよ~~(笑)」
私「ごめん。ごめん。私が悪かったね。。でも無事会えてほんと良かったよ。私に会えなかったらどうしようと思ったの?」
母「家に帰るしかないな。って思ったよ。(笑)」←ちゃんと帰れる自信があったのだろうか・・・?

 

その時の母は、特に不安そうにしているでもなく、私に会えたのも、その場所が最初から待ち合わせの時だったかのように普通にしていました。

 

あんなに、降りるバス停を繰り返し、「わかってるわよ!」と言っていた母でしたが…

もうバスに乗った時には忘れてしまっていたのです(;o;)

 

でも、無事で何よりでした。もう外で待ち合わせは絶対しない。。

遠隔操作もしない…(父の面会の時は別)

 

そして母のことを過信しないこと…(少し寂しい感じもしますが…)

 

そう誓った私だったのでした。。

 

 

 

GPSが繋ぐ母と私 その1☆ 思わぬところから母のバッグが届けられる

こんにちは。tsukkyです。

認知症の症状として…よく「徘徊」という言葉を耳にすることがあるかと思います。
私の母はもともと電車や交通機関などに疎く、一人で遠出をするようなことはなかったので、そんな遠くに行ってしまうようなことはないだろう。と、思っていました。

 

ただ、言動がおかしくなったり、鍵を無くしたりすることがあったので、早めにGPSを持たせるようにしました。

kaigo-blog.tsukkymoon.com

 

母が出かける時には必ず鍵をかけて出かけると言う、習慣を利用して、GPSはお守り袋に入れ、首から下げられるようにした鍵と一緒につけて、持たせるようにしました。

 

デイサービスに行き始めた頃、デイサービスに行く前日、当日の朝に連絡をしても、買い物に出かけてしまったりして迎えに来た時にいない。などと言うことが良くあったので、そのたびにヤキモキしていました。


GPSを持たせるようになってからは、迎えの方が来た時にいない。と連絡がきても、慌てることなく、GPSで今どこにいるか探すことが出来るのでとても助かりました。

 

母は、買い物に行くことだけは、行くのですが、買ったことを覚えていないので、同じものをいくつも買って来てしまいます。
(その同じものがいくつもあるのも困っていましたが…)
買い物に行くな。と言っても、行ってしまうのも困りものでした。

 

主婦の性とでもいうのでしょうか…?!

 

実家近くの大型スーパーは24時間営業なので、明け方近くに買い物に行ってることも…(@@;)!! 
レシートの時間を見てびっくりしました。
時間の感覚が無くなってますから、そんなこともしばしばあり…

 

このGPSの素晴らしいところは、探す機能だけではなく、万歩計の機能も備わっていて、「カロリーデータ履歴」と言う情報も入手できるところです。
「カロリーデータ履歴」とは、GPSの端末を持って歩いた歩数を時間ごとに、グラフに表示される履歴です。

今いる場所を探すだけではなく、何時に何歩、歩いたと言う記録が残るので、例えばグラフの4時のところに歩数が記録されていれば、その時間、鍵を持ってどこかに出かけたと言うことがわかるのです。


毎日が推理小説に出てくる探偵のような感じでした。

いつでも、GPSのアプリで、母の位置を探している自分がいました。

 

まるでストーカー?!

 

いつの間にか…私、GPS依存症っぽくなっていました。。(つД`)ノ

 

母の居場所がわかるだけで安心できたのです。

 


スポンサードリンク
 

 

母にも、「徘徊」と言うか…どこに行ってたんだろう?!

みたいな出来事が何度かありました。。。

 

ある日、兄のお嫁さん(義姉)から「〇〇警察署から連絡が来て、お母さんのバックを遺失物として預かってるって。」と連絡がありました。

 

まず、なぜお義姉さんから連絡が来たのだろう?!

 

その母のバッグの中に、兄の名刺が入っていたので、警察署の方が兄の職場へ連絡→兄から義姉さんへ連絡し、私に連絡してくれた、と言う流れだったらしいです。

 

バッグの中には現金もあるので、署まで取りに来て欲しいと言うので、行ってみました。

確かに母が小旅行などで使っていたバッグでした。

 

実家の隣駅にあるビルのトイレに置いてあったそうです。

トイレで拾われた日時等を教えてもらい、私なりに推理を働かせてみました。

 

その頃、デイサービスに行ったら、皆さんの手作りの小物入れをもらったと嬉しそうに話していました。
そして、そのお礼をしたい。金沢(母の生まれ育った実家)のデパートに行けば買えるか?等…私に聞いていました。

金沢と言うあたりがちょっと(^^;)???ではありましたが…
私は、それはお礼をしなくても大丈夫だよ。今度どこか行った時に皆さんにお土産を買って持って行こうね。と伝えていました。

 

そのやり取りは、かなり何度も繰り返されていました。。。

 

母は、やはりお礼を買いに行きたくて、隣町まで行ったのではないか…?!
ただ、途中でトイレに行きたくなり、トイレを済ませたら、バッグを持って出るのを忘れてしまった。。。

そして、親切な方が、そのバッグを警察に届けてくれた。

 

私の推理はそんな感じです。

 

◇GPSにも難点が…?!

その頃は猛暑が続く夏でした。

何度か、その「お返し」を買いに行くことをチャレンジしたのでしょうか?!

デイサービスの迎えが行っても、いない。と連絡があり、たまたまGPSの電源が切れていて、母の居場所がわからない時がありました。


隣町に行く途中の道で歩いている母を、「居宅介護支援事業所」の方が見つけてくれて、事なきを得たのですが…。

熱中症とかにならなくて本当に良かったです。

そしてGPSの電源はいつもフルにしておかなければいけません。。。

週に一回くらいは、充電をできる環境および人がいないと、使えないと言うことです(^^;)


「徘徊」と言うと、意味もなくただ、ボーっと、ウロウロしている…みたいなイメージがありますが…そうではなくて、何か目的を持って出かけてるんですよね。


母の場合もそうでした。普段は出歩くのが苦手な母が、デイサービスの皆さんへお礼がしたい一心で、暑い中、買い物に出かけたのです。

その途中で、目的を忘れてしまって迷子になってしまう…!

 

私が、母からお礼がしたい。と言う連絡を受けた後に、一緒に買い物に行っておけば良かったんです。。。(;o;)

私が適当に流してしまったから、母のお礼がしたい!と言う気持ちが消化しきれず、自分で出かけてしまったのです。

少し間違えば大変なことになっていたかも知れません。。猛省

 

この出来事で思ったこと。

◇私が母の病気を軽く思っていたこと。
◇母は昔から、物をもらったりしたら、お返し等をきちんとしないと…と言う律儀な性格でしたが、病気になってもそんなことは忘れてはいなかった!

 

しっかりしている部分と、すっぽりと忘れてしまう部分が入り交ざった認知症初期には、本当に思いも寄らないことが良く起こりました。

 

でも、後になって考えると…母はこんなことがしたかったのかな?

こんなことを思っていたのかな。。と理解できる部分があり、それがなんだか切なかったのです。

 

 

内定をもらっているのに、部屋の空きが出ない状況で、母ピンチ!!退院の期日が迫るも次の受け入れ先がありません?!

こんばんは。tsukkyです。

今日は仕事を早退し、母が入院している病院に入院費を支払いに行ってきました。

ちょうど病院に向かってる途中で、その病院から電話がかかってきました。

 

「お母様が退院後、入所される予定の施設から連絡があり、5月末に入所出来る予定が難しくなり、部屋が空くのがいつになるか目途がたたない状況とのことです。」

 

今入院中のリハビリ病院は、入院期間がMAX3か月と決められていて、その期間が6月8日までなのです…

 

なので、もうそろそろ特養から連絡が来るかな…?!と思っていたところだったのですが…空きが出ないとは…(>_<)

特養からの内定はもらっていました。

kaigo-blog.tsukkymoon.com

こちらの施設では、まず希望者に連絡が来て、そこから面談、審査→内定をもらい、部屋の空きが出たら入所可能となります。 

 

その施設によっても異なると思いますが…どんな段階で入所の案内が来るのでしょうね?

ある程度、部屋が空く目途がたってから、希望者へ連絡するのでしょうか。

 

部屋が空く目途って…?!

 

あまり深く考えないようにしましょうか…(^^;)?

 

部屋が空いてから連絡だと、面談→審査までに時間がかかるから、事前に目途をつけて連絡するのでしょうか…?

 

ちょっと怖いですねぇ(^^;)?

 

いやいや、考え過ぎかも知れません。。。

 

どちらにせよ、母はすぐ特養には移ることができなくなってしまいました(涙)

 

その場合は、リハビリ病院で老健を探して紹介してくれるそうですが、老健は利用者の薬代を老健が支払うので、薬の量が多い人、その薬の金額が高い人は受け入れてくれない事があるそうなんです。

 

まさに私の母の薬は量が多く、単価も高いものが多いらしいです・・・!

 

老健で受け入れてくれないと、特養で入所できるまで、ショートステイを続けるしかないという…!!!

 

う~ん。ショートステイでつなぎですか…(@@;)!!

 

老健の薬代がうんぬん…って話は、ケアマネからも聞いた覚えがありますが…

本当なんですね?!

 

なかなか上手くはいかないものです。

 

なんだか、母がたらい回しにされているようで気の毒です。

そんな時、私がずっと面倒を見られたら良いのかな。と思ってしまいます。

切ないですね。。。

 

 

www.osumai-soudan.jp

仏の顔も三度?!何度も何度も同じことを繰り返す…心では若干ムカーッとなりながらも…声や顔は笑顔で対応^^ 

こんにちは。tsukkyです。


母がアルツハイマー認知症と診断されてからは、認知症に関する本を読んだり、認知症に良いというものがあったらお取り寄せしたりしましたね。

 

認知症と言う病気に対して知識がないよりはあった方が絶対良いと思ったので。
こちらは読みやすく、とてもわかりやすかったです。

 

 「認知症の9大法則 50症状と対応策: 「こんなとき、どうしたらよい?」不思議な言動が納得できる・対応できる」

 

ただ、理解はしていても…認知症の症状によくある、「何度も同じことを聞く。」と言う時期は大変でした。

母本人も不安だった時期なのかな。。思いますが。。。

 

あれほど、「父がどこかに行ってくれれば楽なのに!」

「いなくなればいい!!」と言っていたのに…

 

療養型病院に入院して家に戻って来なくなったら…

しょっちゅう電話がきて

 

「お父さんが何も言わないで出て行ったんだけど!!」

 

「お父さんが帰って来ないんだけど!!」

 

…その都度、かくかくしかじか…病院に入院中ですよ。と説明を…(^^;)


「お父さんがいないんだけど!」ならまだ話が合うから良いんですが…

 

それがだんだん

 

「ばあちゃんがいなくなったんだけど!!」になってきました。

 

まず、ばあちゃんって誰よ?!

 

「今さっきまでここにいたんだけど!!」

 

いたら怖いですから…(^^;)


どうも母が独身時代(いつごろのことでしょう?)私の祖父のお母さんと一緒に住んでいたようです?!


私からすると「ひいおばあちゃん」のことですね。

 

そして、さらには…

 

「母さんはどこ行ったの!!!」

 

母さんはあなたですけど…?!(・_・?)????


あぁ、母の母のこと・・・!

 

私からすると「おばあちゃん」のことですね。

 


最初はこの質問に、どう対処して良いものか悩み、最初は母の言うとおりに話を合わせていました。

兄も母に電話をすると同じことを言ってたと言い、兄は母に二人とも亡くなってもういないよ。と伝えていたらしく…
2人で違う回答をすると余計混乱するのでは?!と言うことで、本当のことを伝えることに統一しました。

 

ただ、最初のうちは、「亡くなった。」等伝えると、しくしく泣き出すので…
私はそんな母が可哀そうで、とても辛かったのです。。

 

そのやり取りを結構長い期間続けていました。

 

少し続けると、泣き出すことはなくなりましたが、「もう天国にいるよ。」と伝えると

 

「ええぇー!!!いつ亡くなったのよ????」

 

毎回かなりのリアクションで驚きます…(^^;)ギャグかなにか?みたいな?ww

 

これを毎度、毎度説明するのもかなり骨が折れることでしたが…

 

私たちからすると「何度言えばすむんじゃーごりゃ~!!」
と怒りたくなるようなことも本人にとって毎回初めての出来事なので、根気よく話に付き合ってあげないといけません。。

 

とりあえず、認知症の人には怒らない事が大切みたいですから。(怒られた=悲しい感情だけが残ってしまう)

 

私は父に似て短気な性格でしたが、母の病気のおかげで、怒らない性格になりました(^^;)自分でもびっくり!
性格も改善できるみたいです?!


主人からも…あの早朝からの電話攻撃に怒らないのは「すごーい」とほめられました(苦笑)

 

怒りのコントロールをするにはこちらの本がおすすめです^^
「アンガーマネジメント入門 (朝日文庫)」

 

もう、心では怒っていても、声を発する時には、怒らないようにすることが出来るんですよ^^

 

その昔、竹中直人「笑いながら怒る人」という芸をやっていましたが

あれの逆ですね。「怒ってるけど笑う人」みたいな…?!(古っ。年代がバレる)

 

でも、こうして母が病気になったことで、私の知らなかったことがいろいろと出てきます。
結婚前、実家で祖母と暮らしていたとか…

 

まぁ、その話も本当の事か?定かではないのですが…(^^;)??

 

でも、あの時の電話の数が半端じゃなかったので、今でも携帯の音、振動音に対して敏感に反応してしまいます。。(@@;)トラウマ?

 

父はとりあえず、療養型病院で落ち着くも…母の症状がうんざりモードに…明け方の電話でかなりのストレス

こんにちは。tsukkyです。

父の特養の入所の希望は途絶えてしまい…療養型病院での生活が続きました。

kaigo-blog.tsukkymoon.com

 
私は、ルーティンのように母を連れて週1回、父へのお見舞いに行ってました。

 

父は、面談した特養の施設の方には暴力をふるったりするものの…

 

なぜか…?!

 

お世話をして下さる、介護士さんからも好かれて人気者?!

 

同室の患者さんの家族の方も、父によくして下さって、自宅で寝たきりの時よりも随分と元気になりました!

 

あの施設の方への態度と、介護士さんらに対する態度の違いはなんなのか…?!

 

私は父がそれほど、脳にダメージを負っているとは到底思えないのでした。。

 

確信犯では!?

 

失語症でしゃべることが出来なくなっても、人を見て接するあたり、なかなかのものです。。。

 

そして、私と母が面会に行った時は、これ見よがしに?!うれし泣きでアピール。

 

私が思うに…?!

 

そのうれし泣きのアピールは、私と母に向けてアピールしているのではなく?!


同室の患者さんの家族や、病院の介護士さんへアピールしているのだと思うのです。

「オレの家族もやっと来てくれたよ~。

たまにしか来てくれないから俺って寂しい老人なんだよ~」

 

ってな感じに、演出してるような気がしてならないんですよねーーー


ま、私も…健気な親孝行の娘を演じてるから、血は争えないと言ったところでしょうか(爆)


そんな父に対しては、「ちょっと可愛いな。」くらいに思えるようになったものの…

 

母の方は…独り暮らしになって不安だったのか…ちょっと様子がおかしくなってきてしまい…

 

しょっちゅう電話がかかってきて…

朝と昼と夜の区別がつかなくなってきてたのか…?!

明け方4時くらいに電話がかかってきたりして…

 

「お父さんがいないんだけど!!」

 

「ばあちゃんがいないんだけど!」

 

ばあちゃんなんて元からいないんだけど…!?

 

そんなことの繰り返しで…(^^;)ちょっと、うんざり…?!

明け方は眠いからやめてくれーー!

 

デイサービスに行ってくれればまだいいものの…

具合悪いから行きたくないのよ~。と、行かなかったりしたりすると

イラっとしてしまうのでした。。。

父、療養型病院に落ち着くも…特養から空きが出ましたとの連絡が…!申し込みから1年くらいで連絡がきました。

こんにちは。tsukkyです。
今日は会社の帰りに、母の入院している「リハビリ病院」に面会に行きました。


今年の1月に母が骨折で手術を受けた駿河台の日大病院からの紹介で、3月からこちらの病院にお世話になっています。

最初は受け入れてくれるリハビリ病院がなかなかないと言われ、困りました。

でも、退院して欲しい的オーラがひしひしと伝わります。。。(^^;) 

 

認知症の人は受け入れてくれるリハビリ病院がなかなか無い。」そう言われました。。。

 

骨折の症状だけの人は、手術が終わり、術後も良好でしたら、通院しながらリハビリを受ける事ができます。

母の様に認知症だから、リハビリを受けたくても一人で通院することが困難であるのに、認知症だから受け入れてくれる病院が無いとは、おかしな話ですが…現実はそのような感じなのでしょう。

 

困ってしまったので、ケアマネに相談すると、「そんな事はないから、もっと強く要望を出した方がいい!」とアドバイスしてくださったので、そのまま日大病院のソーシャルワーカーさんに伝えました。

すると、1~2日後に現在入院しているリハビリ病院を紹介して下さったのです。

 

「少し遠いんですが…(確かに遠い)」と言われましたが、もう受け入れてくれるだけでありがたく感じました。

 

ですので、あまり文句は言えませんけど…(^^;)

このリハビリ病院は、私の勤務地からも自宅からも遠いのと…

入院費の支払いが、窓口(平日:月~土9:00-17:00)でしか支払うことが出来ず、半月ごとに支払わなければならないので、平日9:00-17:30のフルタイムで働いている身としては、非常にメンドクサイことこの上ない感じなのです。

 

入院費を踏み倒すつもりなど毛頭ございませんから、せめて銀行振り込みとか、請求書だけでも郵送で送って下さるとかしてもらえないか。。。(涙)

 

と、言いたいところではありますが…病院がそう言うのだったら、逆らわずに「はい。はい。」と決められた通りにやってしまうところが、良い娘を演じている所以か。。。?!

まぁ、こちらの病院にお世話になれるのも、3か月がMAXですので、あと少し?!頑張ろうと思います。。。


スポンサードリンク
 

 


父は、2年程前に、脳梗塞で救急搬送され、そこから自宅へは帰れなくなりました。
救急病院から、療養型病院を紹介され、ここでずっと過ごすことになるのかな…?!と思っておりましたが、療養型病院に入院中、特養から空きが出たので父と面接を行いたいと連絡がありました。

平成26年くらいに申込みしていたと思われるので、申込みしてから1年くらいたってからの連絡でしょうか。

 

・連絡があったら、自己都合でお断りすると、また1からの申込みになってしまい、時間がかかるとケアマネから言われた。
・病院よりも過ごしやすいのでは?

という2点から、特養に入所希望の意志を伝えました。

 

【特養の入所審査を受けるまでの流れ】
1.空きができると、申込みした家族へ連絡が来る。

2.入所する意思を伝える。

3.家族が施設に面会&見学に行く。(手続きや、特養での暮らしについて説明を受ける。)

4.(家族が立ち会う場合もあり、そうでない場合もある)入所する本人と面談をする。
  本人の健康診断を行う。

5.面談と健康診断の結果に基づき、施設内で入所審査の会議を行う。

6.その結果の連絡が来る。


そして、結果の連絡がきたのですが…

 

「不合格」だったのですww

 

父と施設の方が面談を行った時に悲劇が起きました(>_<)


今回は私も立ち会ったのですが、施設の担当の方が男性だったから…?!
なにか父は気に食わなかった模様。。。

しゃべることもできないのに、大暴れ?!
面談自体が気に入らなかったようで、始終不機嫌。。。


そして…
施設の人が面談をする時に使っていた、クリップボードやらをパーンとはたいて投げ飛ばしてしまいました。。

 

あぁ…やってもうた。。

 

それからは、父と離れて面談を行いましたが…(^^;)←それって面談って言うのか?!


不合格の理由として

「施設の者はいいんですが…施設の者に対してはいいんですが…(繰り返すあたりが根に持ってそう~)
同じ入所している方へ、あのように、暴力を振られると困るので、今回は入所は不可能と言うことになりました。」


そうでしょう。そうでしょう。
私が施設の方でも心配になります。。。

大丈夫です。大丈夫です。このまま病院にいますので。。。

 

特養への入所は難しいのかなぁ・・・・と思ったのでした。。。


親の介護 ポイント!
特別養護老人ホーム
人気があり、入りたくてもすぐ入れない?!
確かに、父の場合も申込みしてから1年くらいかかったので、その時はまだ元気だと思っても、要介護3になった時点で申込みをお願いしておくのが良いかも知れません。
必要に駆られてから申込みをしても、そこから1年ですから、すぐに入所するのは難しいと思われますので。。。
 

父への面会も、自分を納得させるためのルール?!同室の方の家族の手前みたいな…(^^;)?

こんにちは。tsukkyです。

現在父は特別養護老人ホームに入所中。母は今年の1月に大腿骨を骨折し、入院→手術→リハビリ病院にお世話になっています。

 

父が特養に入れたのは、家族の希望でも本人の希望でもなく?

事の成り行きにてそうなった。と言う感が非常に強いのですが、言い方は悪いですが結果ラッキーだったと思います。

 

実家で母と2人きりで生活していた時は、家でなにをするでもなく、夜の晩酌だけが楽しみで、飲めば止まらなくなり、それを止めようとすれば、不機嫌になり、大暴れ⇒母に八つ当たり。みたいな生活を繰り返していました。

 

デイサービスに行けば、「婆さんしかいない!」(自分も爺さんだ!)と文句をいって、終いには行かなくなり、ショートステイに行くようになったら、なにか気に入らないことがあると、ものすごい癇癪をおこして、家族呼び出し→途中で自宅に連れて帰るハメに。。。

 

そんなことをやらかしておきながら、具合が悪いと、発作を起こしたような状態になり、救急車は呼ぶは…病院にも予約日以外に何度も行くから、迷惑な人達として扱われ、病院からもお叱りの電話を受けたり。。本当に大変でした。

 

ただ、具合が悪いのは本当のようで?ショートステイに行っても、血圧がものすごく高くなった…高熱が出た。。。等で救急病院に運ばれることも多々あり…そのたびに、家族が呼び出され迎えに行かなくてはならず…携帯電話が鳴るたびに「また何かあったのか?」と怯える日々でした。

それでいて、病院に運ばれても、病院に行くと、元通り?元気になるので、入院することもなく、連れて帰らなければならず…こんなことがいつまで続くのか?

考えると憂鬱になっていました。

 

勝手に救急車を呼んだり、杖をついて歩くのもおぼつかない状態で病院に行くのも危ない。
と言うことでケアマネさんが「訪問看護」と「訪問診療」を受けられるように手配してくれました。


要介護3(くらいだったと思う)で以下の介護サービスを受けていました。
訪問看護
・訪問診療
・薬の配達
・月1回ショートステイ

 

上記の介護計画で、家族の負担は随分軽減され、少し落ち着き「やれやれホッ」思ったくらいの時に…

 

訪問看護の方が「様子がおかしい」とのことで、救急車で救急病院に搬送、今回は緊急入院。

脳梗塞をおこして、失語症になっただけで、命に別状はなく、1か月ほど入院したら元気に。

 

救急病院にはこれ以上入院は出来ないと言うことで、療養型病院を紹介されたのでした。


スポンサードリンク
 

 

療養型病院は、病院と言う名の老人ホーム?の様な感じで…
父の病気は完全に良くなる病気でもないので、いつまででもいて良いよ。と言う感じの病院なのです。
ですので、入院されている方々も、父より高齢の方もいらっしゃるし、もっと重症な感じの方もいたり…
まぁ、病院ではありますが…若い人がほとんどいないので…やっぱり老人ホームっぽい感じでした。。。(^^;)

 

それでも、父を引き受けてくれた病院に感謝をして、母を週1回面会に連れて行くようにしました。

別に病院から週1回来てくれ。と言われたわけでもなく…母も父が入院してることはすぐ忘れてしまうので、母から頼まれたわけでもなく…

 

私が決めた、自分を納得させるためのルールみたいなもの…?!

 

父を我が家で見ることはできない。それであればせめて週1回の面会は行こう。みたいな…?!

 

それも、やっぱり「偽善」なのかも知れません?!

 

父の面会の後、母と食事をして帰ってましたが、それを母も楽しそうにしていたので、一石二鳥?!みたいな…(・_*)\ペチ

 

父と同じ病室の方は、自宅が近いらしく家族の方がしょっちゅう来て甲斐甲斐しく世話をしています。
私もそのご家族の方と親しくさせて頂いたり、父にもよくしてくれて、感謝していましたが、そのご家族の手前、私もお見舞いに行かなければ。。父が寂しい思いをしてしまう。。

と、少し義務めいた感じで通っていたところもありました。。。

 

その療養型病院には永遠にいられると思っていたのですが…

1年と2カ月で転院をさせられることになってしまうのです。