明日は我が身!?介護は突然やってくる!

両親ともに同じ特別養護老人ホームへ入所!?それまでの経緯を綴ります。これから介護をする方のお役にたてたら嬉しいです。

母の弟が亡くなった。母に伝えても、もう理解することは出来ないでしょう。。。

こんにちは。tsukkyです。


超久しぶりの更新となってしまいましたが、やる気はあります。
続ける気はあります!

ボチボチと更新する予定ですので、よろしくお願いします。

 

昨日ほぼ絶縁状態?の叔母から電話があった。
きっと何か悪い知らせかなにか。だろうと思って出たら・・
叔父さんが9月10日に亡くなった、という連絡でした。

 

叔父さんは、私の母親の実の弟です。
かなり前から、何かの病気がきっかけで、施設の方に入所していました。
母が認知症初期の頃、生まれ育った故郷に帰ったら、症状もよくなるかと思い・・
何回か金沢(母の故郷)に行った際に、食事をしたり、施設に会いにいってます。

もう母にその頃の記憶はないだろうけど・・・

その時に叔父さんに会うことが出来て良かったと思う。。。


私の自己満足かもしれませんが・・・!

 

叔母さんは、叔父さんが病気になってから大変だったと思う。
私たちが金沢に行くたびに、いろいろ気を使ってくれて・・ありがたかったけど、私たちが叔母さんを頼ってばかりいたからか?
ある時から、金沢に来て叔父さんに会いに行くのはかまわないけれど、私に連絡はしないでください。
的なメールが送られてきてショックだった。。。

 

もしかして、いちいち連絡したことが迷惑だった・・・・?!

 

それからちょっと絶縁状態になってしまったわけですが・・(^_^;)

 

人生、いろいろあります。

 

母には叔父さんのことも、そんなごたごたしたことも知らずに過ごしてくれればいいと思う。
(言ったところで通じないと思うし・・・)

 

あぁ~
両親の人生を見ていると・・何も長生きすることだけが良いとは限らないと思ってしまう。。

 

なんかいろいろと思うことはあるのですが、うまく言葉に言い表すことができないな。
明日は、母の施設でイベントがあるので、そちらに行ってきます。

 

はぁ、、なんか複雑な気分。

自分の人生は最後まで自分で責任を持つ世の中にならないと!!

こんにちは。tsukkyです。


またずいぶんご無沙汰してしまいました。

 

母の日も過ぎ・・・父の日も過ぎ・・・
あ、父のお墓参りにずいぶんと行ってない気が・・・
なんだか忙しなく生きてます。

 

今日職場で「仕事と介護の両立セミナー」というセミナーが開催されていました。
私はもう介護する人もいないので、これから介護する必要がある人に受けてもらいたいと、出席しませんでしたが・・
こうゆうセミナーを職場でやってくれるというのは本当にありがたいことですね。
やっと、世の中的にも「介護」について追いついてきた・・・のかな?と思います。

 

私も職場の方から「出席されないのですか?」と尋ねられたので、「ウチはもう介護する人がいないから・・」と答えたときに、少し胸が痛くなりました。
その方に「出席したほうが良いですよ。」と強くすすめておきましたが。

 

ほんと、ウチにはもう介護する人がいないから、これから考えるとしたら、自分らの老後についてです。
私が介護を受けるころには、介護保険制度も多少変わっているかも知れないし、なんとも言えませんが・・

 

わかっていることは、自分がしっかりしているウチに、老後住むところと、成年後見制度の手続きを済ませておかないといけないな。とは、思っています。
そういったことも、これから先取りしていく時代になると思います。


お子さんがいる家庭だと、つい「子供がいるから...なんとかなる。」といった考えはもうやめたほうがいいですね。
どちらの人生も台無しにしてしまう恐れがあります。

 

自分の人生は最後まで自分で責任を持ちましょう!!

 

それには、こういった少しネガティブなことにも目を背けないで、どんな介護保険を受けられるのか?どんな老人ホームがあるのか?自分の老後資金はどれくらいあったら大丈夫か?
など・・いろいろ気になったことは、今のうちから勉強したり、見学に行ったりして悔いのない老後を迎えたいですね。

母の日に母のことを思う。

こんにちは。tsukkyです。

 

またまた久しぶりの更新となってしまいました。

 

昨日は「母の日」でしたね。
私は全日の11日に母の面会に行ってきました。

話の内容は全くかみ合ってはいませんでしたが・・よくしゃべるし、とても元気そうでした。

施設の方からも「とても元気ですよ!」とお墨付きも頂き、安心しました。

 

最近は良く食べる&動かないからか?ちょっと太ってきてしまって、少し食事制限をしているそうです。


確かにふくよかになったかも!

 

話がまるでかみ合ってないのは、母の中では何かストーリーが流れていて、その話をしているようなんですが、それがこちらの質問した話でもなく、私の知ってる話でもなく・・・
いったい何の話をしているのだ?!ってくらい、知らない話なんですよね。

まぁ、それに適当に相槌を打ってるといった状態です。

それは、それで寂しくもあったりしますが・・
今までの事を考えると本当に落ち着いて良かったな。と思います。

 

認知症は、初期症状の頃が一番大変な気がします。
本人も自覚症状があって、それを認めたくないような時・・・

そんな時に母に独り暮らしをさせたのは、本当に申し訳なかったと思うけれど、その時に一緒に暮らしていたら私が大変だったかも!!

 

そう思うと、現在の母は過去の苦しみも忘れ・・彼女の中のストーリーの中を生きている。


施設で3度の食事とおやつが出て、お風呂にも入って、ぐっすり眠れる。。。

ある意味幸せな時間を過ごしていると思う・・・!

 

寂しさと本当に良かったと思う気持ちの入り混じった、母の日でした。。

母の誕生日に思う。。。母には2つの人生があった

こんにちは。tsukkyです。


今日は母の誕生日。。82歳になりました。
今週末は施設に面会に行ってあげよう。誕生日プレゼントなにか持って・・・
お菓子が好きだからお菓子が良いかな?

 

ぶっちゃけ、母がこんなに長い気するとは思いませんでしたww
父なら長生きするだろうな。と思ってはいましたが・・

母は父と結婚したおかげで、相当苦労したと思うし、ストレスをかかえていたと思うし、元々体が弱そうなイメージだったんですよね。。
でも、実は以外と丈夫でしたww
ただ、やはりストレスとか精神面の事が大きかったからか?認知症にはなってしまいましたけど・・・

 

認知症と診断された時は、それはそれは辛かった。。。
母自身も気がついていたみたいで、苦しんではいたけれど、それもいつか忘れてしまったでしょう。

 

辛かったけど・・今となっては、良かったのではないかと思っています。


体も心も元気で長生き出来ていたのなら良いけれど、骨折してから車椅子生活。。1人で生活も出来ず、人の手を借りて生きていかなくてはならないのだったら、全てを忘れて違う世界で生きた方が楽なように思えるからです。

 

楽しかった良い想い出も忘れてしまったかも知れないけれど、病気の事や、父や親せきとのいざこざ、苦しかった日々も忘れ・・


まるで違う世界で生きる。。

 

母にとっては良かったことだと思うようにしています。

もともと、人付き合いも苦手で、父だけを頼りにして、生まれ故郷から東京に着いてきて・・
友達もいなかった。。
結果父に依存して生きていたような人生。。
父に先立たれて、うまく1人で暮らしていけたかな・・・・?

 

認知症になってから、通い始めたデイサービスでは、私が知らなかった母の一面を知らされ驚いたりもしました。
デイサービスのスタッフさんが言うには、母はとても「社交的」だとおっしゃるのです。

 

友達もいなかったのに・・・?!

 

それは、母は元々持っていた性格が表れたのか?認知症になったから表れたのか?
わかりません。。。

 

でも、そこから母は第二の人生を歩み始めたんだと思います。

そして、今完全に違う世界の中で生きています。

 

私の良く知っている母とは別に・・・・

二つの人生を生きられて良かったと言うことで・・・

高齢者の5年間は何があってもおかしくない!たった5年でこれだけの変化。。

こんにちは。tsukkyです。

 

先日、家の整理をしていたら・・・
私の両親と旦那と私とで、金沢へ旅行へ行った写真が出てきました。。
日付をみると2014年の5月。。。

金沢は両親の故郷。まだ元気なうちに、故郷に連れて行ってあげたいと思って企画しました。

 

この頃から父は家ではほとんど寝たきりで、歩くのもやっと。みたいな状態だったけど・・。
旅行中はしっかり自分の足で歩いてたし、びっくりするほど元気になった!!

 

あぁ、これが生きる活力か!


母も今思えば、認知症の初期症状みたいな危うさがいっぱいあった。

でも、なんとか旅行に行けて本当に良かった。

結果・・父はこれが最後の金沢旅行となってしまったのですが。。(涙)

たった5年前なのに。。このころは二人とも元気だったなぁ。

 

母も元気と言えば元気ですが・・。意思疎通がはかれているような?いないような…?感じですし・・・
あ、やっぱり意思疎通とれてないか。

 

あの頃の母ではない。。

 

父も旅行に行った後から、具合が悪くなり・・・病院→施設をいくつも転々とし。。。
3年後に他界しました。

 

う~ん。

 

元気な人は元気なんでしょうが・・・

なんともあっけない幕引きでした。

 

高齢者はどう転ぶか本当にわからない。。。

たった5年で両親の人生は目まぐるしい展開を迎えてしまうのですから。

看取り介護に同意すること、自分が非情な人間ではないかと、複雑な思いを感じた。

こんにちは。tsukkyです。

 

私の日常の中で、介護に関することは、ほとんど無くなり・・平穏な日々を過ごしています。
そんな生活の中でも、ふと「母の面会に行かなくては」とか「あの頃はあぁだったなぁ。。」と両親に関していろいろ思い出すことは多々ありますけれど。。。

 

先日自分の終焉についての記事を書いたりしましたが。。

父が亡くなる時のイメージが、私が思い描いていたものとは随分違っていたからかも。。。


まず、父が亡くなる時、そばにいてあげられることはできませんでした。

よくドラマなどで、「お父さんが危篤です。すぐ来て下さい!」
みたいな、連絡もありませんでしたし、そんな父にすがって「お父さーん(涙)」みたいなのもなかった。

 

亡くなる数日前に「あまり食事をとらなくなった。」とは連絡が来たので、その週末に会いに行こうかと思ってました。
そしたら、数日後の朝「父が息をしていない。」と連絡がきたのでした。

 

息をしていない=すでに他界していた。


そんな状況で。。。

あぁ、父の最期はそんな感じで終わったのであった。。。

 

元々、特養とは、父の「延命治療は無し」で、最善の事はするけれど、基本的に自然に最後を看取るという。「看取り介護」に同意していましたし、兄も私もそれを理解していました。

ただ、父が最初に施設に入った時、「看取り介護」の説明をされた時は、どう答えて良いのか、オロオロした記憶があります。

 

兄はドライな感じで「延命治療は無しで」を繰り返していました。

 

まぁ、確かに無理に機械をつけて延命をしてもなぁ。。とは思ったので、納得したものの・・

若干複雑な気持ちがあったのも事実です。


療養型病院に入院していた時も・・・


特養にいた時も・・

 

死ぬまでの間ここにいてください。的な感じが拭えなかったからです。

 

だからと言って、自分たちの家に呼ぶことも出来ない。。

そんな非情な人間であったから、後ろめたいような複雑な思いもあったのかも知れません。

 

介護問題は、実際に世話をする大変さもしかり。。
そういった高齢者を抱えることによって、世話をするべき人が考える複雑な思い・・・
そんな精神的なダメージ?も大きいと思うんです。。

自分の終焉についてのイメージ、どういった最後を迎えたいか、今のうちから考えても悪くない。

こんにちは。tsukkyです。

 

介護について、どんなイメージを持っていますか?

 

私自身・・自分の両親に介護が必要になることなど考えもしていませんでした。
父親はある時から、かなり弱ってきて、「大丈夫かな?」とは思っていましたが、全て母まかせでした。

 

自分の親=自分よりしっかりしていて当たり前。

 

親の事は私が関知することではない。

と言う気持ちでいました。

 

そんな気持ちのまま、介護についてなんの心構えもないまま、あれよあれよと両親共、老いて行ってしまったような気がします。

 

最近、私の勤務している職場でも「介護セミナー」と言うものが開催されたり、世の中的にもやっと「介護について」真剣に考えるようになったのかな。と思います。

 

私もいろいろ独学で勉強したりしましたが、もっと知識があれば良かった。
っていうか、両親自身がもっと自分の老後について、考えていて欲しかった。とも思いました。

それなりに、老後に不安もあったとは思いますが・・・
どこか、子供らがいるから大丈夫、と思っていたのではないでしょうか???

 

みんなどこか、「介護」「老後」について他人事。

自分はそうならない。自分だけは大丈夫。といった、希望的観測的な思い込みがあるような気がする?

 

私は両親が老いていく姿を目の当たりにし、自分の老後について本当に真剣に考えるようになりました。


私たち夫婦には子供がいない。
そんな人達が老後や最後を迎える時はどうなってしまうのだろう??

 

とても不安。。


私が両親にしてあげた事を、誰がしてくれるのだろう??

 

私が歳を取ったら、旦那も歳を取る。老老介護

 

考えただけでも、お。。恐ろしい。

 

私は本当に、自分の意識がしっかりしている間に、自分の終焉の場所を決めたい。

 

何をそんなこと、早くから考えてるの?とみな口をそろえて笑う。

 

いやいや、月日はあっと言う間に過ぎてしまうんですよ。


元気なうちに、考えておきたい。

 

明日は我が身。

 

本当にきちんと考えよう。